風の音だけが週末のConversation

一粒の砂に世界を求め 野の花に天国を見出す 掌の中に無限を捉え ひと時のうちに永遠を築く この詩のように生きたいな

『悪の力』 姜尚中

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「悪」についてどう向き合えばいいのか。
人を苦しめる「悪」はどこから生まれるのか。
悪についての考察。

昨今のニュースは悪に世界は満ちてるとしか思えない。
ニースやバングラディッシュのテロにより
何の落ち度もない人間を殺害する事件。
知らない人間を後ろから突然襲い殺害
バラバラにした老人を池に遺棄
世界を覆う信じれないような凶悪事象の数々に”悪”とは何か?
タイトルが目に留まったこの本を読んでみました。

姜尚中さんが書かれてましたが
特別ではない誰にでもある心の動きであるとの1節 
例えば完全懲悪のドラマで”ざまあみろ!”という衝動は確かにあるし
それはドイツの言葉にもあるそうで「シャーデンフロイデ」と言うそうです。
世界中にそんな言葉があり
個人的な心の動きの中で
絶望して「この世界が消えてしまえ」とか「自分の存在を消してしまいたい」って
自己破壊衝動は確かにあります。

また、同じように不正を働いた政治家が失脚する姿や
犯罪者が極刑になりで胸を撫で下ろしたり
ちょっとした衝動が悪感情の延長にあるもの

国家間の悪や宗教をめぐる悪の衝動は
実のところ「誰かと繋がりたい」という叫び声でもあると分析されてました
確かに除者国家ほど問題起こして、駄々捏ねるってあるかもね。

そして人を苦しめる「悪」はどうすれば報われるのか?
聖書やドフトエフスキーの『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟
または資本主義の仕組みや『ブライトンロック』に登場する人の根源的な悪についての考察は
まさに人の存在の根源を考える上で腑に落ちるお話しでした。 

いろんな悪がありますが
人が存在し人と人が繋がれること
尽きることのない悪について考え
悪との共存を考えつつ仕組みを改善することが
人の未来を切り開くのではないだろうか?

”悪”について考えること
それは第一歩を踏み出すことかな。